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(本願寺山口別院 山口教区教務所)

   当り前のこと 2011/12/22

本願寺派布教使 浅野俊榮

 短い期間でしたが海外生活らしき経験があります。日本の文化にどっぷりと浸かった私には、日本の生活が当り前になっていて、始めの頃は生活に困ることが多くありました。それでもしばらくすると、抵抗感も薄れて慣れていった記憶があります。宇宙飛行士の古川さんは、一六七日も宇宙に滞在しておりました。長い間無重力状態で生活すると、体が無重力状態に適応する様な変化があったそうです。人間の身心には、自分の居る環境に馴染んでくると、それが当り前になってしまう働きがあるようです。

古川さんは地球に戻って、「いいですね、重力を本当に感じる。重力のお陰で椅子に座れますから」と。そして「息が出来る空気が周りに沢山あるのが素晴らしい」とも言っていました。一般の私達にとっては、生れて死ぬまで重力や空気があって当り前の世界におり、「重力のお陰」とか「空気があって素晴らしい」等と気付くことが難しいことだと思います。古川さんは地球での普通の生活に戻るまで、相当の間リハビリをした様です。

経典には、ガンジス河の砂の数ほどと言う表現があります。これは無量無数のことを意味し、それほどの縁(ものが生じることを助ける働き)を頂いて今の「私」が存在すると教えています。逆にそれらの縁を一つ一つ私から除いて行くと、私と思っている身心は、何も無くなってしまうことになります。
例えば、穏やかな水面には波はありませんが、風が吹くと地形や様々な条件によって、色々な形の波が生じます。私達はその現象を波と呼びますが、実体は水です。風や条件が変われば波の形も変わり、風が止めば波も無くなり本来の水に戻っていきます。

親鸞聖人は、娑婆の縁が尽きたらお浄土に参るのです、とお示しです。水面の波は、それまでの風が吹き止めば、本来の水に戻っていきます。私も娑婆の縁が尽きたら、本来のいのちに戻っていくのです。
以前の私は、生きていることが当り前で死んだら全てが終わり等と、生の一面だけを考えておりました。しかし、南無阿弥陀仏のおいわれを聞き、そのはたらきの道理に気付いたときに、今の私の姿は一時のことで、死もまた私であり、阿弥陀様のいのちが私の本来のいのちであったと知らされました。
私達にとっては、「まかせよ必ず救う」という阿弥陀様のお誓いに、順応することが自然なのです。それは頂いた娑婆の命をお返しして、お浄土のいのちに生まれさせていただくことです。自分で当り前(自然)のことに気付くのは、本当に難しいことです。
称名念佛

   縁起するいのち 2011/11/18

本願寺派布教使 浅野俊榮

 海の波が打ち寄せる所が渚です。胎児が母胎内で成長する過程は、生命の先祖が海の渚を数億年かけて上陸したことを教えています。この地球から大気がなくなる約100Km位の上空には、地球の同心円の様に宇宙の渚と呼ばれる所があるそうです。地上からこの渚までの膨大な空気層の働きによって、私どもは命を恵まれ守られています。そして全宇宙と連関した働きは、私どもの生命が宇宙の一部であることも教えています。

宇宙の渚にやってくる流れ星は、大小様々ですが、特殊なレーダーで探査すると、小さいのは直径が0・1ミリ、重さ1ミリグラム位だそうです。それらは目に見ることは出来ませんが、それでも地球全体で計算すると、一日当りの総個数は約2兆個、なんと100トンにもなるとか。流れ星には生命体の基であるアミノ酸とか、体に必要な鉄やヨード等の様に太陽系では作れない元素が含まれているそうです。私どもの体の材料は地球に在る物ばかりでなく、今日でも宇宙の渚を通って宇宙からも来ているのです。

私どもは「私がいて私が生きている」と、「私」の存在を当然のことのように思っています。しかしお釈迦様は、その様な私は存在することなく、「生かされている私」であったと目覚められ、教えておられます。
私どもは、数限り無い程の条件や因縁によって、只今のこの瞬間、在り得ているのです。ただそれだけの存在なのです。生まれ死んでいくこの私の命は、無量無数の因縁によって成り立っている「縁起するいのち、頂いたいのち」であったのです。
この縁起の道理は、お釈迦様が発見されたもので、お釈迦様が世に生れても生れなくても厳然と存在する永遠普遍の真理なのです。

十方(八方と上・下)の無限空間と永遠無量の時間からなる絶対世界を「阿弥陀」と申します。私は阿弥陀のはたらきを「いのち」と領解し、阿弥陀の世界にすっぽりと包まれた全宇宙の連関した営みを、縁起の働き(道理)と理解しております。
縁起するいのちを頂き、生かされているのが私どもです。この地球は、宇宙の渚を通して全宇宙と深い関りを持ちながら、私どもの生命を存在させています。私どもは尊い命を生かさせてもらっているのです。
縁起された「私」であれば、年を取る私もなく、病気の私もなく、死ぬ私もない。縁起の働きに従って娑婆の縁が尽きたら、阿弥陀のいのちに帰って往くのです。阿弥陀のはたらきに順応する、それが南無阿弥陀仏です。
称名念佛

   向こう側からの働き 2011/10/22

本願寺派布教使 浅野俊榮

 私は、今でも高校時代の物理の教科書を手元において、気が向いた時に読んでいます。当時は教科書の内容を当り前のこととして、定理や法則を覚えた記憶があります。色々な経験を積んで見ると、改めて自然の理の不思議さを感じ、自然って凄いなと思うのです。
例えば、現在は殆ど使われていない電子部品に、真空管があります。真空管の中で電気が流れる働きと、阿弥陀様の衆生救済の働きには、よく似たところがあるなと思い、何か新発見でもした様な嬉しさを覚えるのです。

最も基礎的な二極真空管は、真空のガラス管の中に、金属で出来た陰極板とそれを取り巻く陽極板を封じ込んだもので、陰極はフィラメントで熱せられる構造になっています。その陽極(+)と陰極(−)の間に高い電圧を掛けても、陰極が冷たい時は電気が流れませんが、陰極を熱くしてやれば電気が流れます。それは高温に熱せられたマイナス電位の陰極板から「電子」が飛び出し、プラス電位の陽極板に向かって流れることに因ります。電気はプラスからマイナスに流れますが、それはマイナス側からの働きがあって起こることなのです。

 親鸞聖人のご和讃を頂きますと次の様に説かれています(意訳)。「迷いの世界の苦しみは、海の様に際限がない。苦しみの海に久遠の昔より浮き沈みしている私たちを、阿弥陀佛の大慈悲の船だけが、よく収め取り乗せて、お浄土へ導いて下さる。」と。
私たちは救いを求めて、仏様に願ったり祈ったりしますが、どれだけ願っても人間の側からは、彼岸の浄土には往き様がありません。しかしながらご和讃には、阿弥陀様が大慈悲の船で渡して下さるとお示しです。その船が向こう岸にあったのでは、私たちには乗りようがありませんが、阿弥陀様が先にこちら側の岸に着けておられますから、その船を見つけて乗りさえすれば良いのです。

電気が流れる原理は、マイナス側(向こう側)からの働きに因ります。阿弥陀様と電気を同じにすることは出来ませんが、阿弥陀様(向こう側)の方から、救いの働きが届けられています。だから私どもが救われていくには、阿弥陀様からの救いの働きに気付いて、お任せするだけでよいのです。
南無阿弥陀仏が大慈悲の船です。「私の救いの働きに任せなさい、必ず救う」と言う阿弥陀様のお誓いです。自分の力で信心(船)を得ようとした私でしたが、それは全く逆で、信心(大慈悲の船)までも阿弥陀様が用意されていたことに気付かされました。有り難くお念仏が申されます。
称名念佛

   すべて阿弥陀様のお育て 2011/9/15

本願寺派布教使 浅野俊榮

 私の処に十五年居たクリという名の犬が、今年の一月に老衰で死にましたので、屋敷内に埋葬しました。孫達は、クリと元気に遊んだ頃の姿、老衰で失明した姿、動けずに横たわった姿、そして死んだ姿を見て来ました。生れた時から一緒に居たクリの死は、大きなショックだった様です。
クリを埋める時に一緒にいた下の孫に、いつかはお爺ちゃんもお婆ちゃんもお父さんもお母さんも、そして咲奈ちゃんも皆、クリの様に死ぬんだよ、と話して聞かせました。

 咲奈は、クリが冷たい穴の中に横たわった姿と自分の死んだ姿を重ねて怖かったのだと思います、急に泣き出したのです。4歳の子供でも死は悲しく怖いことの様です。クリが老病死の姿を見せて逝ったことが、孫達にとって良い教えになり、仏縁の芽の一つになって欲しいものです。

 私の家は、所属の寺から少し離れた所に在ります。その寺が母の里で、子供の頃は境内や本堂が遊び場でした。住職の伯父は、私に地獄や極楽の絵図を見せ話してくれました。地獄の恐ろしさは強烈でした。伯母はオルガンの側に私を立たせて、恩徳讃を教えてくれました。大学生になって祖母からは、「寺の因縁を汲む者が、歎異抄を読まんでどうするか」と諭され、読みはしましたが知識の程度に終りました。母は、「仏願の生起本末を聞いて疑心あることなし・・」とよく話しておりましたが、それも聞き流しでした。
科学技術を学んでいた私は、むしろ仏教は科学的ではないと反抗心を持ち、謗法的であった様に思います。それでも聞かされ教えられた事は、記憶の底に残っていました。それらが私の仏縁の芽だったと思います。

 私の仏縁の芽が吹き始めたのは、若くしてがんを患って死と直面した時です。仏縁の芽吹きは、順縁の時もありますが、その多くは悲しみや苦しみの逆縁に合った時です。順縁も逆縁もすべて阿弥陀様のお育てです。私は幸いにも幼い頃から色々な仏縁の芽を頂きましたが、考えてみればそれらは皆、阿弥陀様のお育てだったのです。
孫達とお勤めし、一緒にお念仏申しますが、今はまだ真似の念仏です。若い頃の私の念仏も、救われたい思いの自発の念仏でした。阿弥陀様の衆生救済のお誓いを聞いて行くうちに、何時の間にか阿弥陀様から智慧の念仏を頂いていたのです。
孫達も人生の色んな出来事に出合って、自分の命の在り様を問うて欲しい、お念仏を頂いた人生を歩んで欲しいと願うのです。
称名念佛

   いつかでは間に合わない 2011/8/16

本願寺派布教使 浅野俊榮

 その日は夏休み中で、二人の孫娘は家におりました。私が一寸出かけた直後に、家内の背中に痛みが走ったそうです。同居の娘が孫達を家に残して、掛かり付けの医者に連れて行きました。大きな病院に紹介されて、検査しましたが異状は無く、どうやら忘れていた古い結石が悪さをした様でした。
そんな事で家内と娘が病院に行っていた留守に、二人の孫がした事を縁として、「仏法はのう、平生に聞いとかにゃいけんで」と、祖母がよく言っていたのを思い出したのです。

 この出来事の二日前、小学校四年生の上の孫に、家内が焼き飯の作り方を教えて、作らせておりました。この出来事の当日、私は同行した娘に電話で状況を聞き、昼食は二人の孫と外食しようと思ったのでした。昼を少し回った頃に、幼稚園の下の孫が書斎に来て、「お爺ちゃん、ご飯よ」と呼ぶので食卓に行くと、上の孫が焼き飯を作り昼食の準備が出来ておりました。それは全くの驚きでした。

 平生業成(へいぜいごうじょう)という教えがあります。それは、私どもの成仏が決るのは普段の生活の中であって、命が終わる時にはじめて決るのではないということです。南無阿弥陀仏のお働きによってお浄土に生まれ仏に成るということを、平生に聴聞し、そのお働きが疑えなくなった時に、往生成仏が決定するのです。
私どもは、仏法を聞くのは年を取って暇になってから等と理屈をつけ、稼業や娯楽等に殆どの時間を使います。特にインテリと称される方の多くは、平生から宗教とは無縁に生きている様に思われます。そして、不治の病にでも罹れば、死を気付かれない様に医者からも家族からも嘘で固められ、とうとう仏法を聞くこともなく、不安や恐怖の中に死を迎える人は多いことだと思うのです。

 南無阿弥陀仏はわずかに六字ですから、浄土往生に必須なものとは思われないかも知れませんが、その起こりの理由と働きを聴聞することが、死後の問題を解決する唯一の方法なのです。いつ終わるか分らない命を生きている私どもには、元気で聞く力のある時に死後の問題を解決しておかなければ、何時かいつかでは間に合わない事が起こります。間に合わなければ浄土往生は出来ません。迷い続けるしかないのです。
突然に訪れた料理のチャンスに、習った様にやってみたかったのでしょう。上の孫は妹にソーセージを切らせ、自分は玉ねぎを刻んだそうです。在り合せの材料だけでも十分に焼き飯になっていました。平生に教えたことが早速役に立ったのです。
称名念佛

   人間に生れた事が喜べる時 2011/7/16

本願寺派布教使 浅野俊榮

 私の近所に幅十メートル足らずの川があります。毎年のこと、その川に小学校四年生が担当してホタルを放流し、地域を挙げて盛大にホタル鑑賞会が催されます。
鑑賞会を終え、しばらく日にちを置いて、四年生の児童と父兄が親ホタルを捕まえます。小学校には、エヤコン装備のホタルの育成施設があります。育成用水槽の砂洗いや餌の捕獲等を四年生全員が協力して行い、卵から育成します。十一月には育った幼虫を、もとの川に放流し次の季節を待つのです。
 
 ホタルの飼育に関しては、色んな作業に地域の自治会からも応援に出向きます。私もその一人として、関りを持つ様になりました。先日のこと、児童とその川に棲んでいる米粒位の大きさの川ニナを捕獲しました。其れよりも大きいと、逆にホタルの幼虫が餌食になるそうです。小さなホタルの幼虫は、川ニナに触手を刺し、毒で痺れさせて養分を吸収するのだそうです。どんなに小さな世界でも、残酷な営みがあることを聞きました。

 私は幼い頃から、「人間に生れた事を喜びなさい」と聞かされていました。人間の普通の生活では、何時食い殺されるか分らない不安はありません。どんな動物でも、命の危険を感じると逃げて行きます。生きたい思いは人間だけのものではありません。
人間は命を繋ぐ為に生業を含めて多くの命を取りますが、娯楽や趣味の為に取っている命も少なくありません。私どもは残酷な事を当り前と思ってやっているのです。一緒に川ニナ獲りをした孫に、「川ニナが可愛そうだと思わないか」と問うと、「どうして?」という返事でした。ホタルの餌を獲るのは当り前の事と思っているのです。もし犬や猫を虎の餌にすると聞いたらどう思うでしょうか。

 人の命、犬や川ニナの命など、この世の全ての命は、同じ阿弥陀の世界から生れたもので、みな尊い命なのです。しかし、その尊い命を奪って自らの命を保ち、次の世代に繋いでいくのが自然の営みでもあります。川ニナも更に小さな命を取って生きる獰猛な存在ですが、その川ニナが、この世で一番獰猛な人間の行為を当り前だと思っている私に、多くの命に支えられ生かされている存在であるぞと教えている様です。
本当に人間に生れた事が喜べるのは、人間でしか聞けない本願の働きを聞き、お念仏が申せた時だと思います。そうした命の連関の中でしか生きられない私の在り様に気付くと同時に、阿弥陀様の救いの目当てが私であったと気付かされます。それは、南無阿弥陀仏が私の中で働いていることなのです。
称名念佛

   決して忘れることなく 2011/7/11

本願寺派布教使 浅野俊榮

 私どもが生きている間には、多くの有縁の方々の死に出合います。特に近親者を亡くすことは、最も深い悲しみであり、寂しく辛い事です。私も母が亡くなって三年が過ぎました。それは突然に訪れた出来事でした。父には申し訳ないと思いますが、母の時の方が、寂しさも悲しさも大きかった様に思います。父の時には、まだ母が健在だったからかも知れません。
母が亡くなってしばらくの間は、出かけた母が何時もの様に帰ってくる様な思いがありました。「元気になったら、また電話する」と夢の中で母からの電話もありました。

 夢の中であっても、何時かまた母から電話があれば良いのに等と思いながらも、いつの間にかそれを忘れておりました。寂しさや悲しみを忘れようとしなくても良いと思いますが、世間を渡る暮らしの中では、忘れることも必要なのでしょう。人間は都合のよいもので時間とともに忘れていく様です。それが本当の私のすがたなのだと教えられます。

 テレビの放送電波は全てのテレビに届いていますから、ある放送局を選局すれば、その局の発信画像が映ります。私が選局しなかったら、私のテレビには発信画像が映りませんので、私のテレビではその電波は働いていないことになります。
阿弥陀様はあらゆる衆生を救う力を完成させて、今、あらゆる衆生に「弥陀にまかせよ」と呼びかけておられます。しかし、その力が私の処で働いて下さらなければ、私の救いにはならないのです。阿弥陀様が私の処で働いて下さるのは、その救う力は私の為にあったと呼びかけに順応するとき、即ちご信心を頂いたときからなのです。

親鸞聖人は、「真実の信心はかならず名号を具す」とお示しです(浄土真宗聖典・注釈版・二四五頁)。ご信心を頂くと必ずお念仏が申されると言われるのです。嬉しいこと悲しいこと、何につけてもお念仏が出てくるのです。それは私の声に違いありませんが、私の口を通して、阿弥陀様の働きが念仏の声となって聞えてくるのです。
寂しいことも悲しいことも忘れまいと思いながらも、時が過ぎるに連れて、いつの間にか忘れてしまうのが私です。父母のことも阿弥陀様のことも平生は忘れている私に、阿弥陀様は決して忘れることなく、お念仏の声となって働き続けて下さっているのです。
お名号・南無阿弥陀仏には「有り難う」という意味は有りませんが、お念仏申す私の心持ちとしては、私の為に働き続けて下さって有り難いな、という思いになるのです。
称名念佛

   世間の用事を差しおいて 2011/7/11

本願寺派布教使 浅野俊榮

 「忙」とは、「心が亡ぶ」ということだと聞いたことがあります。色々と忙しかった時の事を思い出してみると、自分中心に物事を考え事を運び、周囲の人への気配りが足らなかったなと、思い当る節が多くあります。
会社でも一般社会でも、忙しいと思うのは、自分の思いとは違ったところで、自分の思考や行動が制される様な時でしょうか。何でも自分の好きな様に出来る時は、することが重なっても、時間がかかっても、忙しいと感じることはあまり無いように思うのです。

 私は退職してこの方、非常勤の公的な仕事を引き受けてきましたが、特に忙しい思いをしたことはなかった様に思います。自分のペースで消化して来られたからでしょう。しかしながら今年度は、計らずも自治会の仕事を引き受けざるを得なくなり、その分仕事が急増しました。田舎で広範囲で五百戸近い大所帯ですから、毎日の様に思わぬ用務が飛び込み、忙しくしております。

蓮如上人は、「仏法には世間のひまを闕きてきくべし。世間の隙をあけて法をきくべきやように思ふこと、あさましきことなり。」(御一代記聞書より)とお示しです。現代の言葉に変えれば、仏法は世間の用事を差しおいてでも聞くことであり、暇な時に聞こうと思うのは間違いであると言われるのです。
また上人は、どれだけ知識があっても、来世のことを知らない者は愚者であり、知識は乏しくても、来世のことを知る者は智者だと仰せです。この世で来世の浄土往生を解決した者を智者と言い、「ご信心」を頂いた者と言われるのであります。

世間の大方の人は、仏法を聞くのは退職してから、年を取ってから、暇になってから等と考えている様です。私どもは老生不定と教えられている様に、いつ死が来るか分らない命を生きています。元気で生のある今という時を逃したら、来世のことを知らないまま、恐怖の中で死んで行くかも知れません。
阿弥陀様の誓いを疑えなくなって、お念仏申すところに、命尽きた時にお浄土に往生する身に成るのです。其れには南無阿弥陀仏のみ教えを、聞いていくしか方法はありません。最近のことですが、人様には「聞け聞け」と話す自分が、忙しさの中で其れを忘れていることに気付いたのです。なんと自分勝手なことだなと恥ずかしくなります。
忙しい忙しいと送る人生は、ただ心を亡ぼすだけでなく、来世の往生浄土の道をも閉ざしてしまうことになるのではないでしょうか。そう思うのです。
称名念佛

   貧者の一灯を思う 2011/4/20

本願寺派布教使 浅野俊榮

 この度の東北関東大地震と巨大津波によって被災され、避難生活を余儀なくされておられる方々に、心よりお見舞い申し上げますと共に、お亡くなりになられた方々を追悼し、遠くよりお念仏申すばかりであります。
この度の被災は、個人や当該地方のことだけではなく、日本国民全体の被災であり、非常事態だと思量いたします。しっかりとした政府の司令塔のもとに、全国民が力を合わせ復興に努力しなければならないと思うのです。

此れだけの大災害の中でも、被災者が冷静に行動されているのは、日本ならではのことだと思います。色んな国では、被災の後に暴動や強奪が起った事が報道されます。そのような事が一つも起こらない日本、諸外国の評価は大きく変わってくるでしょう。此れこそが正に「日本魂」と言われるところだと思います。日本における昔からの心の教育に依拠するところでしょう。全国的に救援活動が展開されている中に、頼りないと思っていた若者達が活動する姿をテレビで見たり、彼らの言葉を耳にすると涙を覚えるのです。

 「貧者の一灯」という言葉を思い出しました。その概要は、『食べ物にも困る貧しい少女が、お釈迦様の説法の会場を照らす灯火の一灯分の油を買ってお供えしました。その油の灯明は、他の灯明が消えても尚、灯り続けたそうです。お釈迦様は、其れを消そうとしたお弟子に、「仮に大海の水をかけても消えることはないであろう。なぜならその火こそ、一切衆生の心の闇を照らそうとする、大きな心から布施された灯火であるからである」、と教えられた』、と言うことです。
要するにお釈迦様は、布施の功徳は量の大小に依るのではなく、布施の心こそが大切なのだ、と教えられたのです。例え僅かでも心の籠もった行為こそ尊いのです。

 今回の国難的大災害では、国家の救済は言うに及ばず、長者の万灯も貧者の一灯も必要です。大変に厳しいことですが直接の被災者自らが立ち直る努力を、国民の夫々が自分の出来る範囲で、心を込めて支援することが求められます。また、社会の風評に惑わされ、我が身を護ろうとするのが私どもの姿でもありますが、正しい情報を聞き判断し冷静に行動することが、一番の安心を生み、それが復興に繋がる支援にもなると思うのです。
私ども人間への、命の正しい情報が南無阿弥陀仏ですが、欲望に惑わされて素直に聞くことができません。その言葉の意味を正しく聞き入れて、お念仏申す生活は、お浄土往きが約束された一番安心な生活だと頂きます。お仏を頂くのは、何時かではなく今なのです。
称名念佛

   目覚めは一人ひとりの事 2011/4/20

本願寺派布教使 浅野俊榮

 平成22年2月22日の日記には、「孫は小学校の2年2組22番で、今日は孫にとって、全て「2」のアヒルの行進の日である」と書いております。確かかどうかは分りませんが、2月22日はニャンニャン(猫)の日だと、2月になって聞きました。
世間では、「死」や「苦」と同じ発音の4と9を、何かにつけ嫌う風潮があり、病院では4階や4号室がありません。しかし野球では4番バッターは憧れの的になります。世の中は適当にゴロ合わせをして縁起を担ぎ、それに振り回されている様です。

縁起がいいとか、悪いとか申しますが、本来はそう言う意味ではありません。人間を含む全てのものが、御縁によって起こり存在していることを「縁起」と言うのです。その様な存在の私どもには、願うと願わざるとに関わらず、何でも起って来ます。それは無限の過去から、自分でその原因を作って来たのですから、結果は自らが引き受けなければなりません。その縁起の法に気付かないところに、私どもの苦しみの原因があるのです。

 『人間生存の全てが苦であり、その原因は煩悩にある。その煩悩を滅し悟りの境地に至るのは、縁起の法に目覚めること』と、仏教では説きます。私どもは縁起の法の中に在りながら、煩悩によって煩い惑わされて、縁起が普遍の道理である事に気付かないのです。その煩悩を自ら無くす力のない私どもは、阿弥陀様の救いの働きによって、縁起の法に目覚めさせられるのであります。目覚めることが、悟りの境地に至って仏に成るための正因(ご信心)を頂くことです。それによって死後の往生成仏が定まるのであります。
縁起の法への目覚めは、一人ひとりの事で、厳しいことですが誰も代わることができません。私が阿弥陀様の願いを聞いて、私が目覚めさせられ救われるのです。

阿弥陀様の救いの働きが「南無阿弥陀仏」です。この世で得る南無阿弥陀仏以外の全てのものは、往生には何の役にも立ちません。むしろ迷いの本になります。しかし、往生の役に立たないものばかりを、求め苦しみ続けているのが私どもの姿ではないでしょうか。生きている間は、良いことも嫌なことも何でも起こります。お念仏が申されることは、何が起きても私のお育ての御縁として受け、乗り越えていく力を頂いたことです。
私どもは、阿弥陀様の願いを他人事に聞いています。人間に生れた今生で、お聞かせ頂き往生成仏のことを解決しなかったら、今度は何時の生に人間に生れ、仏法に遇う御縁が巡り来るか分りません。一大事です。
称名念佛

   めでたきこと 2011/2/28

本願寺派布教使 浅野俊榮

 阿弥陀様に抱かれて、新しい年を迎えることが出来ました。今年もお念仏と共に、歩んで行きたいと思います。新年には「おめでとう」と挨拶いたします。何を「めでたい」と言うのかよく分りませんが、生きて新しく歳を重ねられた喜びなのかも知れません。
この一月は親鸞聖人のご命日があり、御正忌報恩講と称して、ご法事をお勤めしました。聖人のご苦労を改めてお聞かせ頂き、報恩の営みの中に、み教えを頂く大切なご縁でありました。

この度のご法話には、聖人が仏法を讃嘆された詩が引用されました。それには「智慧の念仏うることは、法蔵願力のなせるなり。信心の智慧なかりせば、いかでか涅槃をさとらまし。」とお示しです(正像末和讃)。
勝手な解釈は許されませんが、私は概ね、阿弥陀様の智慧の全てが籠められたお念仏を頂く他には、この私が浄土に往生して仏に成る道は無い、との厳しいお示しと頂きます。

私どもの日頃の生活では、嫌なことや寂しいことを避け、楽しい事や喜びを追い求めます。求めても更に求め続けていきます。そして老いや病気や死ぬこと等、全ての事が変化して思うようにならないところに、苦しみを感じます。老いや病気や死ぬこと等の其れ自体に、苦が存在するのではありませんが、変化に対して、私どもの体や心がどう反応するか、その反応から苦悩が生じるのです。
自分を認識する体や心さえも、変化する不確かな存在です。正に自分そのものの存在が苦なのです。そんな存在でありながら、私どもには苦悩から脱却したい、お浄土に生れて永遠のいのちを頂いて仏に成りたい、という菩提心が生じてきません。

お浄土は苦悩のない常住の世界と説かれます。阿弥陀様は、どんな人にも分け隔てなく、「お前を必ず救い取るぞ、南無阿弥陀仏と念仏申せ」と働きかけておられます。私どもは念仏も菩提心も阿弥陀様から頂きます。それによって、常住の世界・浄土へ救われて往き仏と成って、再びこの世に還って、苦悩の人びとを救済する働きをさせて頂くのです。
「なんまんだぶつ」とお念仏申しながら生き抜いた人生の終りは、浄土で仏に成ります。親鸞聖人は、お弟子のご往生についてお手紙に、「めでたきこと」と申されています。死ぬことは嫌なことですが、往生のことはお任せして、安心して生きて行ける、喜ぶべき有り難いお諭しです。全てが法蔵願力のなせるところと、お聞かせ頂くばかりです。
称名念佛

   頂いた本をご縁として 2011/1/12

本願寺派布教使 浅野俊榮

 先日、同期入社の友人から、出版した本の謹呈を受けました。彼は長い間アレルギー症状に苦しんでいましたが、研究と実践によって食事療法を開発し、その苦しみを克服した喜びから書いたのでしょう。同じ苦しみを持つ方々にも知ってもらい喜びを分かち合いたいという思いが伺えます。
彼は化学系の工学博士です。彼の化学的知識を基に、医学博士で弟さんの支援を得て、人体の免疫システムや体内代謝を乱す多くの因子について、相互関係を判り易く図表で説明しています。(後藤日出夫著『アレルギー・炎症誘発体質の真実』、理工図書を参照)

彼の意図は、私達が安心・安全な食生活を営める社会が築かれることにある様です。食の安心・安全が言われて久しいことですが、市場の求めに応じて養殖された魚や野菜に、それらの食物連鎖や農薬使用だけを観ても、未だに高い濃度の有害物質が含まれる場合があります。新鮮で安いとか見ためが綺麗とかを理由に、その様な食材を流通させているのは、他ならぬ私達自身なのです。

仏教では、私達は迷いの中にいると教えます。迷いを迷いと気付かない事です。その迷いの一つに貧欲の心があります。もっと名誉が欲しい、もっと儲けたい、もっと美味い物を食べたい等々と、求めても尚満足することを知らない貪りの心です。
その求めて止まない貧りの心がもたらした科学万能の世相が、結果として私達の身体や精神の各機能に悪さを働いている様です。それは人類全体の自業自得だと思います。自分の言行は必ずいつかは報いとなって自分に戻って来ます。大宇宙に普遍する縁起の法則に則った、何人も変えることの出来ないはたらきなのです。

 この地球に生命体が生れて以来約三十五億年だそうです。膨大な時間をかけた自然の営みを、科学の力で変え様とする人間の欲望や思い上りが、廻り回ってアレルギーを生み出した様にも感じられます。私達は、自然に存在する森羅万象との深い関わりの中で、生かされている事に気付かねばなりませんが、現在の世相では、自然を敬い、言行を慎み、足る事を知る知恵が損なわれています。
迷いの中にいる人間の知恵で、どれだけ考えても迷いの解決策しか出てきません。損なわれた知恵の回復には、人の知恵を超えた仏の智慧によるしか道はありません。問題解決に臨む私達の一人一人が仏法を聞いていくことによって、仏の智慧を頂き、迷いから目覚め、真実の己の姿に気付かされることが、問題解決への道だと考えるのです。
称名念佛

   伝わっていく大悲 2011/1/12

本願寺派布教使 浅野俊榮

 現在の名工として、150人の方が表彰された新聞記事を見ました。若い頃から積み上げてきた努力の結果でしょう。記事には「誰もしない、誰も出来ないこと」を成し遂げたと書いてありましたが、ご本人達は口を揃えた様に、後進に技を伝えたいと言っておられます。もしも誰にも出来ない様な技ならば、本人達も伝えたいとは言わないでしょう。そこには「多くの人のお陰で出来た」という深い感謝の思いがあって、伝えなければおれない気持ちの表れのように感じるのです。

一般的に、「言って聞かせて、やって見せて、やらせて、叱って、褒めて・・」というのが、物事を伝承していく上に必要なことだと言われます。これらは伝える側と伝えられる側が向かい合って行われる様に思います。しかし伝えられる側は、伝える側の後ろ姿が教えるものも学び取る必要があります。数十年の経験を通して得た技と心を、短期間で伝えることは本当に難しいことだと思います。

中国の善導大師が集記された往生礼讃の中に、「自信教人信」から始まる五言絶句の偈文があります。その偈文の大意は、『自らも法を信じ人にも教えて信じさせるのは、難しい中でも更に難しいことである。阿弥陀様の大悲を人に伝えることは、真に佛恩を報ずる勤めになる。』というものです。
私どもがご信心をいただくことは、阿弥陀様の願いが起された根本の理由とその願いのはたらきを、素直に聞かせて頂くことです。聞き続けていくうちに阿弥陀様の願いが疑えなくなり、聞かせて頂いたままを喜べるのがご信心を賜った姿でしょう。ご信心を賜った人には、大悲を伝えたいという思いが不思議にも涌いてきます。伝えることは難しい事だとか佛恩報謝だとかの思いを超えて、そうしなければおれなくなってくるのです。

名工の技は色や形が有り、人の思いが及ぶ世界のことですが、阿弥陀様の願いは、色も形もない人の思いの及ばない世界です。私どもの心に阿弥陀様の願いを聞いてみようという思いが起こるのは、大悲を喜ぶ先人に教えられ導かれてのことです。それによって自分の思い固めの殻が破られなければ、私どもの力では、阿弥陀様の願いの世界、信心の世界は決して開けることはないのです。
お聴聞は勿論のことですが、先人の合掌礼拝の姿、お念仏申す声・・等の先人の後ろ姿にも、私どもはいつの間にか教えられ導かれて、自然に礼拝やお念仏等が身についてきます。大悲は私どもの思いを超えて伝わっていき、大悲を喜ぶ姿のままが佛恩報謝になると思うのです。
称名念佛