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(本願寺山口別院 山口教区教務所)

   生の意義とは 2009/12/17

本願寺派布教使 浅野俊榮  

 私を含めて団塊世代の多くの方は、定年退職で人生の節目を迎えております。私どもは戦争の後に生れ、命の不安を感じることもありませんでした。戦後の新しい教育制度の下では、宗教的な教育は行われず、科学的に論理的に物事に対処することを教えられてきました。長じては豊富な労働力となり、経済発展に寄与してきたのです。その様な世相の中で、私どもは、社会的地位や名誉を得ること、財産を成すこと等を人生の目的として、精一杯に学び働いて来たように思います。

多くの方は、それぞれの立場で、今後の人生設計をお持ちのことでしょう。今はまだ体力も気力も残っていますが、いずれは老い病み力尽きて、死を迎える時がきます。死ぬことには、自分の体が消えていく怖さと死後の不安があるそうです。禅の修行をされた高僧方でも、死にともないと言われております。修行のできない私どもは、尚更のこと、聞く力のある内に、自分の「いのち」の行方を聞かせて頂いておきたいものです。

念佛詩人と言われた木村無相さんは、三十歳の頃、訳あって真言宗の自力修行に入られましたが、修行に行き詰まり浄土真宗を求められました。その後、真言宗と浄土真宗の往復を二度ほど繰り返された様ですが、最後は自分の様なお粗末な者には、浄土真宗しかないと心が決まったそうです。無相さんは、ご自身の著書『年佛詩抄』に、「生の意義とはミダに遇うこと、遇うたらこの世がよろこべる、雨がふろうが風がふこうが」と、喜びの心を詩っておられます。
生の意義は「ミダ」すなわち阿弥陀仏に遇うことと言われています。阿弥陀仏に遇うこととは、南無阿弥陀仏、すなわち「まかせよ、汝を必ず救う」というお念仏が私に届き聞こえたことです。それは、自分の体力や知識、地位や名誉や財産、そして子どもや妻や夫など、今まで求め頼りにして来た一切のものが、自分の浄土往生には、何の役にも立たないということに気付かされたのです。

無相さんは、お念仏に出遇われて、浄土往生の一切が全く自分の力ではなかったと気付かされて、真実の信心すなわちご信心を頂かれたのです。それが阿弥陀仏の浄土への往生が決定したこと、死を超えられたことであり、何にも勝る喜びだったのです。無相さんにとっては、それまでの価値観からの大きな転換だったと思います。
私どもも人生の節目を迎えたこの機会に、今迄の思考方法を変えて、聞く力のある内にお念仏の教えを聞いていくことを、人生設計の中心に組み込みたいものです。
称名念佛

   みのり 2009/11/13

実りの秋を迎えました。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉があります。ご承知の通り、稲穂は実るほどその重みで穂先が下を向く姿を表わしたものです。しかし、垂れるのは稲穂でありますが、垂れさせたのは稲穂自身の力ではありません。自然の恵みの中に、条件が整い、縁が整い、稲穂が垂れていったのです。

 私たち人間も、成長とともに様々なものを身につけ、貯えながら毎日を過ごしています。知識や情報、財産や地位など、何と多くのものを身につけてきたことでしょうか。また、何と多くの恵みを受けて今日まで来たことでしょうか。しかし、私たち人間は稲穂のようにはいきません。多くのものを身につければつけるほど、欲望や倣慢な心が増大し、自己中心の生活を送りがちです。「頭を垂れる」どころか、「頭が上がる」−方です。
他人には「頭を下げさせる」ことはしても、私の「頭が下がる」ことはほとんどありません。たとえ頭を下げても、「頭を下げる」と「頭が下がる」では大きな違いがあります。「頭を下げる」は自力の世界、どこまでいっても自分の意思です。
ところが、「頭が下がる」は他力の世界。阿弥陀様の大いなる願い・はたらきが先手です。
浄土真宗のみ教えは、聴聞を通して自己を見つめ、真実に目覚めていく教えです。自己中心の心の闇が破られていく教えです。阿弥陀様のお心を通してわが身を見つめていくと、大切なことを忘れていた私であったことに気づかされます。多くのご縁、恵みを頂き今日を迎えることができた私の本当の姿に気づかされます。
おかげさまの毎日です。報恩感謝のお念仏を申させて頂きながら、実り(み法)を慶ぶ日暮しとしていきましょう。聴聞を重ねて、「実るほど頭を垂れるわが身かな」とありたいものですね。
合唱
白滝組  妙久寺   岡  智 徳


   おむすび 2009/11/13

おいしい新米が出始めるこの時季になると、いっもAさんの質問を思い出します。ある時、Aさんが私に「おにぎりとおむすびの違いがわかりますか」と聞かれました。私は、言い方が違うだけで同じだと思っていました。しかし、Aさんはこう仰ったのです。「握ることは片手でもできるが、結ぶことは片手ではできません。
お母さんのおむすびは、子どもにとって大きすぎず小さすぎず、硬すぎず柔らかすぎず、塩加減もちょうど良い。子どもにとって味も形もちょうど良いように仕上げられています。
わが子を思いながら作ってくれているからでしょう。日には見えない親子の粋が結ばれているのがおむすびです」と。
私も幼い頃はお弁当が楽しみでした。「今日のおむすびはふりかけが振ってあるのか、海苔が巻いてあるのか、それともワカメか・‥。そして、おむすびの中身は何かな」と、子ども心にワクワクしながらお弁当の蓋を開けたものでした。
「南無阿弥陀仏」のお念仏は「おむすび」ではありませんが、苦悩の真っ只中にあるこの凡夫の私を目当てに、ぴったりと焦点を合わせて阿弥陀様が仕上げてくださったものであります。
この私を救わずにはおかないという阿弥陀様のご苦労は、並大抵のことではありません。それを汗と涙の塩味と味わいます。
そして、「おむすび」ならぬ「お念仏」の中身は何か、「必ず救う」という親様の願い・はたらきであり、「何があっても大丈夫だよ」という親様の「お喚び声」です。
「南無阿弥陀仏」のお念仏は、阿弥陀様が結んでくださった親様と私の確かな絆でありました。
私たちは、阿弥陀様のお慈悲をただただ「おかげさまです」と頂くばかりです。
実りの秋です。自然の恵みに感謝しながら、阿弥陀様の真実まことの法(おみのり)をよろこばさせて頂きましょう。
合唱
白滝組  妙久寺   岡  智 徳

   よろこび 2009/11/13

九月の連休中、彼岸法座のご縁を頂き鹿児島に行ってきました。
時は連休、高速料金はETC装着車千円です。かなりの渋滞を覚悟し、前日の夕方に下関を出発しました。
案の定、小倉を過ぎて三十キロの大渋滞に遭遇、さらに太宰府付近で十キロの渋滞です。通常五時間余りで鹿児島に到着のところ、福岡県を抜けるのに四時間がかかってしましました。
渋滞によって疲れもピークを迎え、その夜は鹿児島の手前の比較的車の少ないパーキングエリアで、車中にて一晩を過ごしました。
明け方、眼を覚ましてビックリ!パーキングエリアは車でいっぱいです。しかもナンバープレートを見てさらにビックリ!!「所沢」「大宮」「群馬」「岩手」などなど、ここを九州とは思えぬほどの全国各地のナンバーがあるのです。その多くは家族旅行のようでした。
それなりに予想はしていたつもりですが、まさかこれほどとは・・・。その家族旅行の様子を横目で見ながらうらやましく思うとともに、ある先輩の言葉を思い出しました。
「楽しみは金と暇と物があれば手に入るが、喜びは私自身を育てることなしに生まれません。現代人は楽しみを追いかけて喜びを失っていないでしょうか」。確かに、旅行や買い物、趣味に外食などは楽しいものです。私たちはその楽しみのために、つらい仕事も頑張れるのかもしれません。しかし、楽しみはどこまでいっても自己の問題であり、一時的なものです。それに対して、よろこびとは他者からのはたらきかけや支え、私にかけられた願いに気づかされた時に、その都度その都度自然と湧き上がってくるもの。何事に出遇おうともそれを「ご恩」と頂いていける、それがよろこびでしょう。
親鸞聖人様は、主著『教行信証』の中に、阿弥陀様のご本願、間違いのないお救いに出遇われたその心を、繰り返し「慶ばしいかな」というお言葉で表現されています。聴聞によって育てられるわが身。お念仏申させて頂きながら、よろこびの人生にしたいものです。
合唱
白滝組  妙久寺   岡  智 徳

   流れ星の行方 2009/11/13

本願寺派布教使 浅野俊榮  

 十月の中旬、「オリオン座流星群」などといわれて、多くの流れ星が見えると聞き、この機会を逃すと次は七十年後なのだそうで、家内と庭にゴザを敷いて、天空の観察をしました。一時間位の間に流れ星を二つほど見ましたが、あまり気の長くない私は、そこで切り上げました。その後、家内はしばらくの間観察して、七つまで見たそうです。
多くの星を見ている内に、その存在や二人して今こうしてあることに不思議な思いを感じ、アポロ9号の宇宙飛行士・シュワイカート氏の言葉を思い出しました。後でノートを見ると、氏は次のように語っていました。
「宇宙に出ると地球上での常識が、どれ程固定的な概念であったか思い知らされる。自分の周辺に広がる物理的な空間としての宇宙に生命があるのかどうかではなく、ただ自分を包み込んでいる経験的な宇宙を生きものと感じるのである。自分も生きているし宇宙もたえず息づいている。宇宙は私を含んで存在する全てであるに違いない。」と。

お釈迦様は、森羅万象即ち宇宙に有る一切のものは、空間的に時間的に相依相関して生滅変化するという、仏教の中心的な教え、縁起の法を説かれました。
そして、この森羅万象の有限な世界を、すっぽりと包み込んだ世界があります。それは阿弥陀経に説かれた光明無量・寿命無量の「阿弥陀」の世界、即ち空間的に時間的に無限な宇宙の世界です。
この縁起のはたらきによって私は命を頂きました。私を包む一切が移り変われば、同時に私も移り変わっていきます。私どもは、自分の命を自分の力で生きているように思っていますが、実は「阿弥陀」の世界に抱かれ、頂いた命を生かされて生きているのです。

「阿弥陀」の世界のはたらきを人格的に表したのが阿弥陀佛です。お念仏はその阿弥陀佛のよび声で、「まかせよ必ず汝を救う」ということ、表現を変えれば、「無限な宇宙の法則・決まりごとに、従順しなさい」ということでしょうか。
阿弥陀佛は、始まりというものがまだ無い遠い過去から、私のいのちを包み込み、よび続けていたのです。それにも関わらず私のいのちは、ずっとよび声の意味に気付かされることがありませんでした。
私も家内も、行方の定まらない流れ星でしたが、今生でご縁が熟し、それぞれがよび声の意味を聞かされ気付かされて、いのちの行方が定まったのです。今生の命を別々に生き終えても、救われて行く先は、一ついのちの阿弥陀の世界・再び会える世界・お浄土です。
称名念佛

   伝わる音の響 2009/10/26

本願寺派布教使 浅野俊榮

 母が使っていた部屋には、母の嫁入り箪笥が置いてあって、今も私と家内が使っています。箪笥の引出には金具の取っ手が付いており、引出の開け閉めには、いつもカタン、カタンと軽い金属音がします。
この響は、私が聞き慣れた、体に染み込んだ響です。この音が聞える時は母が家にいるんだ、という安心感があった様に思います。家内が開け閉めする時は、同じ音でも何となく母とはリズムが違う様に感じます。

 私どもは人それぞれに、懐かしい音の響を持っているのではないでしょうか。全く覚えてはいませんが、乳飲み子は母の胸で母の心音を聞きながら安心して眠るそうです。
ある生命科学者が、女の胎児にはすでに将来卵子になる卵母細胞がある、と本に書いておりました。これを読んだとき驚きながらも、はるかに遠い過去からの、命の繋がりと仕組みの不思議を感じました。そしてこの私は、祖母の胎内で、母と一緒に祖母の心音や言葉の響の中にいたのだなとも思い、母方の祖母を一層懐かしく思ったことがあります。

 お念仏は「まかせよ、必ず汝を救う」と、阿弥陀様が私をよび続けておられる声です。阿弥陀様がよび続けておられるのは、私が生れてからのことではありません。それは、始まりというものがまだ無い遠い過去から、迷い続けている私に、今日まで連綿と続いてきたのです。今生において、私は縁あってお念仏の教えに出遇えたのです。お念仏の起された謂れを、そのまま聞かせて頂いて疑えなくなって、お念仏申される身に成らせて頂けたのであります。

 阿弥陀様のよび声・お念仏は、私の口を通して、私の耳に聞えます。お念仏申すリズムは人それぞれに違うようですが、私のお念仏のリズムは、母に似ているなと思ったことがあります。生れてから教わったものだからと言えば、そうかも知れません。でも、祖母のお念仏のリズムが、同じ響を持つ母へ、そして母から同じ響を持つ私へ伝わって、私の口から出るのかも知れません。
私は自分の体に響いたお念仏を、いのちの安心の響に感じます。母の箪笥の響もお念仏の響も、母の胎内にいるうちから、私の身に染みこんだ響だと感じています。
胎教はお母さんが、音楽などで精神的な安定につとめて、胎児に良い影響を与えようとすることだそうです。お母さんがお念仏申すことは、いのちの安心の響を胎児のうちから伝える大事なことのように思えるのです。
称名念佛

   与えられたそのまま 2009/09/09

本願寺派布教使 浅野俊榮  
                                                          
 私は企業に奉職しておりました折、技術部門から人事部門に異動し、その立場が大きく変わった経験があります。今でも深く記憶に残っているのが、不況の折に早期退職勧告をしたことです。私を育ててくれた多くの先輩や同僚がその対象でした。面接の折に、「坊主のくせに、恩を忘れて首を切るのか」と、それは厳しい言葉が返ってきました。法律や社会道徳に反したわけではありませんが、会社の命令とはいえ、大きな心の痛みを感じながらも、自分の立場を守る為に命令を遂行しなければなりませんでした。 

 私どもは総てにおいて、内に甘く外に厳しいのが常です。自分の基準で他人を評価し、自分が悪いのは他人の所為にします。私どもは、いつも自分の思いが満たせるように考え行動します。満たされない時は、親子、兄弟、夫婦の間でさえ、愚痴り怒り喧嘩になることがあります。この人間に備わった根本的な煩悩を沸き立たせながら、一定の約束事の下に社会生活をしているのが私どもの現実です。

 一般的には、浄土に往くのか地獄に往くのかを問うたら、ほとんどの方は浄土に往くと答えられることでしょう。しかしその浄土は、煩悩があっては決して往けるところではない、と説かれています。煩悩まみれに気付かないことを、迷いと申します。私どもは迷いの真っ只中の身でありながら、大した悪いことはしていないから、死んだら浄土に往けると勝手に勘違いしております。そんな私どもだからこそ、念仏を申させ、必ず迷いから救い出して浄土に迎え佛にしたい、佛に成って迷える人を救わせたい、というのが阿弥陀様の願いなのです。

 阿弥陀様の願いの起された謂れを疑いなく聞かせて戴くと、自然と自分の有り様に気付かされます。心の底から恥ずかしくなって、阿弥陀様の願いが有り難くなって、自然とお念仏が申されてきます。自分の何処を探しても地獄往きの身としか思えなくなってきます。阿弥陀様は、私にそのまま来いとよび続けてくださいます。自分に値打ちを付けるのでもなく、自分を飾るのでもなく、このままで良いのかと思うのでもなく、阿弥陀様の願いが聞えたそのままです。与えられたそのままなのです。 お浄土往きには、社会生活での地位や名誉や財産、事の善し悪しの分別など、私の力みは、何の役にも立たないのです。地獄しか往きようのない身を抱えながら、お念仏と共にこの命の精一杯を生き抜いた後は、阿弥陀様のはたらきにお任せするのであります。
称名念佛

   夏を知らない蝉 2009/08/10

本願寺派布教使 浅野俊榮
                                                   
 今年の梅雨明けは遅いようですが、蝉はかなり前から鳴き始めました。蝉の声には、夏が来たなと思うほどですが、七年もの長い間土の中で成長し、ようやくこの夏に羽化したのですから、十日ばかりの短い命を精一杯生きるのでありましょう。
浄土真宗の七高僧のお一人・中国の曇鸞大師は、荘子の言葉を引用して、「蝉は春秋を知らないので、夏に生きながら、それが夏であることを知らない」と仰せであります。

 春夏秋冬を知る私どもは、夏の意味を知っておりますが、夏にしか生きない蝉は、夏の意味さえ知らないのです。過去の世のこともあの世のことも知らないで、この世のことを分っているつもりの私どもですが、この世の本当の意味を分っているのでしょうか。過去の世もこの世も、そしてあの世もご存知の阿弥陀様からは、私どもは「蝉」の様に見えているのではないでしょうか。

 仏法を聞かせて頂くと、私どもに「これが私」という実体があるのではなく、あらゆるものは縁に依って生滅し付き離れ、移り変わってゆくものである、と説かれています。
しかしながら私どもは、常に自分の存在を確かなものと信じ、老いや死を遠ざけようと苦しみます。財産や地位、名誉等は有って更に求め、無くて求め苦しみます。自分の思うようにならなければ、愚痴り怒るのです。この世の知見できることだけを信じ、見たことも往ったこともない阿弥陀様やお浄土のことは、非科学的であるとばかりに否定します。
私どもは、縁によって生滅変化するものに執着して、自ら苦悩を作り自らを苦しめる迷いの世界にいることに、気付かないのです。
                             
 私どもが縁あって人間に生れたのは、私どもを浄土に迎え取るとされる阿弥陀様の願いに遇わせていただく為であります。阿弥陀様は、迷いの私どもを仏にできなければ、自分も仏に成らないと誓われておられますが、既に仏に成っておられるのです。そのことは、私どもが往生成仏する手立てが成就していることを知らされておられるのです。阿弥陀様の願いを聞き信じ、「南無阿弥陀仏」とお念仏を申せば、迷いの世界から救われて、お浄土で仏に成らせていただけるのです。
私どもは、過去の世や阿弥陀様そしてお浄土の世界を聞かされて、はじめてこの世の迷いの姿に気付かされ、お念仏申される身に育てられ、この苦悩の人生を生き抜く力を戴くのではないでしょうか。
夏を夏と知らず短い命の今を生きる蝉に、私の在り姿を教えられているようです。
称名念佛

   ご門徒とともに 2009/07/22

豊浦組 蓮乗寺 金海明弘

 平成21年6月27日(土)28日(日)の2日間、ご当山妙蓮寺さまにて親鸞聖人750回大遠忌法要ならびに住職継職奉告法要が勤修されました。

 御院内の皆様、またご門徒の皆様おめでとうございます。

 私も微力ながら、この度の法要のお手伝いをさせていただきましたこと、大変うれしく思います。法要が勤まる中、4年前にご往生された前住職さまのことが思い出されました。 

 佐賀からご養子として妙蓮寺に入寺された前住職さまは、私が大阪の在家の家庭から安岡の蓮乗寺に入寺したことを本当に喜んでくれ、同じ養子ということで、私のことを大変心配してくださいました。ことある度に「心配せんでよかばい」と私を励ましてくださいました。

 また、京都から帰ったばかりの私に「帰ったばかりで布教する場がなかろう、ウチの毎月の晨朝に出勤してお説教の練習をしていきなさい」と布教の場まで用意してくださいました。法要の中、堂内に響きわたるお念仏の中に前住職さまのおはたらきを感じることでありました。
 
 記念式典の終わりに新住職さまの挨拶がありました。その中で「僧侶、門徒どちらかが頑張ってもお法りはうまく伝わりません」ということがお話されました。大変感動いたしました。

 私はお寺のことを全く知らないで入寺いたしましたので、入寺当初はお寺とは僧侶が門徒を育てるものだと思っておりました。実際お寺に入り、ご門徒のご理解あって京都でたくさんに勉強させていただき自信満々で下関に帰ってきた私でしたが、法務の現場ではご門徒の方々から教わることばかりでありました。私が門徒を育てようという思いとはうらはらにご門徒からお育てを受けるばかりでありました。お寺という場所は僧侶、門徒ともに育てあう現場であるということを、新住職さまの挨拶の中に感じることでありました。
                                    
 得立君はこれから住職として多くのプレッシャーと責任をかかえて、妙蓮寺住職として成長していくことであろう思います。しかし住職だけの頑張りではお寺はうまくいきません。

 ご門徒のみなさまが一丸となって新しい住職さまをお育てしていただきたいと思います。ご門徒の方々が抱いている仏事に関する様々な疑問や悩みを、遠慮せずに住職に質問してあげてください。どんなに些細なことでもかまいません。恥ずかしからずにご法義の質問をしてあげてください。質問されたら住職さまは必ずそれに答えてくださいます。わからないことであれば、きちんと調べてお答えくださることだと思います。それが浄土真宗のお育てであると私は思います。

 「ともにいのちかがやく世界へ」 お寺の本堂は寺族だけの持ち物ではありません。ご門徒の皆様方が集うお念仏よろこぶ場なのであります。どうぞ気軽に本堂に足を運んでいただきたく思います。この度の法要本当におめでとうございました。
南無阿弥陀仏

   伝えられ伝えていくこと 2009/07/10

本願寺派布教使 浅野俊榮

 母の一周忌を迎え、一年がたつのは早いものだと感じます。一年前の母のことを思い出そうとしても、明確に思い出せないことが多いのはなんとしたことでしょうか。
母親として私の成長を期待しながら、また失望もし、家計の豊かでなかった時期を支え、育ててくれました。どんなに尽くしても返えし得ない深い恩を受けながら、時がたつに連れて悲しみも寂しさも薄らいで行き、もう一年かと思うほど、薄情な私の在り様が悲しくさえ思えるのです。

 私どもは、日常の生活に追われて、悲しいこと、寂しいこと、そして楽しかったことも、心ならずもいつの間にか薄らぎ忘れて行っております。私ども自体も、孫や曾孫へと三代、四代と過ぎて行けば、いつの間にかその存在すら忘れられて行くことでしょう。私は四代前・高祖父の百年の法要を勤めましたが、知らない遠い先祖という感覚でした。

 いま、私の口からお念仏が申されますが、自分でお念仏が申されるようになったのではありません。父母は勿論のこと、忘れかけた祖父母、そして全く知らない高祖父母や先祖が、教え伝えてくれたからです。私の命と共に、永遠のいのち・お念仏を伝えてくれたことが本当に有り難く思えます。
お念仏・南無阿弥陀仏は、妄念妄想のとりこになっている私を、浄土で仏に成らせたい、という阿弥陀様の願いなのです。そして、どうかこの願いを信じ、念佛申す身になって、浄土に生まれてくれよと、いつも喚び続けて下さる声でもあります。

 念佛申す身になることは、阿弥陀様の願いが私に至り届き、自分の「本当のすがた」に目覚めさせられること、救われることだと、私は頂きます。
私どもは、自分の考えや思い等を基準にして行動し、深い恩を戴いた親にさえも、愚痴ったり怒ったりします。そんな自分のあり様を「恥ずかしいな」と気付かされながらも、同じことを繰り返すどうしようもない私です。その私の口から、「なんまんだぶ・なんまんだぶ」と申されるについて、我が身に至り届いた阿弥陀様の願いを、「勿体ないな、有り難いな」と、素直に喜ばせて頂くのです。
阿弥陀様は、お念仏の声が広く伝わっていくことを願っておられます。親鸞聖人は、阿弥陀様の願いを妨げることを、最大の悪だとお示しです。何代にも渡って私に伝えられたお念仏を、後の世代に伝えていくことが、私の役割でありご恩報謝の営みであり、また先祖の願いでもあります。
称名念佛

   阿弥陀様のお計らい 2009/06/15

本願寺派布教使 浅野勝則
 
 四月になって、挿し木から育てた椿に白い花が咲きました。その純白の美しさには魅了され、色々なことが思い起されました。それは、「この花」が宇宙150億年の時間を経て、今咲くことが出来たこと。今からの永遠の時間の中で、同じ様な花は咲いても、「この花」が再び咲くことは決してないこと。

 そして、この私自身も「この花」と同じなのだと改めて気付かされたことです。私が「あの花」を見たのは、長い長い時間をかけて準備された不思議な出遭いなのです。あらゆるものが存在している宇宙が出来て、150億年とも言われております。私どもには想像を絶するような長い時間ですが、量り知れる有限な時間であります。阿弥陀様が成仏されたのは、十劫の昔と説かれています。十劫という時間は、私どもには量り知れない無限の時間ということでしょう。
 
 有限な世界にいる私どもには、有限な世界を包み込んだ無量無辺といわれる、無限の世界のことは分りません。しかし、その無限の世界の「はたらき」は、私どもに聞こえる南無阿弥陀仏の声の仏様・阿弥陀様となって、常に私どもにはたらきかけているのです。南無阿弥陀仏は「まかせよ、汝を必ず救う」という阿弥陀様のお誓いであります。私は150億年を経て、初めて阿弥陀様の声が聞ける人間に生れ、そして阿弥陀様のお誓いに遇わせて頂いたのです。この私が救われるということは、私が阿弥陀様の大きな「いのち」の中に生かされて在ったと気付かされ、お念仏申される身にさせて頂くことです。迷いの深い私の口から、出るはずのないお念仏が申されるのは、量り知れない時間をかけた阿弥陀様のお計らいがあったからこそであります。迷いの私には、それほどの時間が必要だったのです。

 どんな出来事でも、そこに不思議な縁を感じることは、すでに阿弥陀様に出逢っていること、阿弥陀様のお計らいなのであります。 あの時、小学二年の孫に、「この花はどこから来たと思う?・・この花はね、もう二度と咲くことはないのだよ」と話しました。孫からの答えを期待して問うたのではなく、いつかは自らが問うて欲しい思いがありました。あの純白の花は阿弥陀様のお心の現れだったと頂きます。この世の命の限りを尽くして、阿弥陀様の世界・浄土に帰っていきました。お念仏を戴いたこの私も、同じ浄土に参らせていただくのです。
称名念佛

   月の光に照らされて 2009/05/22

宇部北組 正善寺 山本 敬

 先日、自坊のお世話をして下さった総代さんが亡くなられました。お通夜の時に、総代さんを偲びながら法話をいたしました。

  〜総代さんが、生前、あるお宅の法事に出席してらっしゃった際、お斎の席で私に次のような話をして下さいました。「ある晩、暗い夜道を歩いていたが、月の光のおかげで転ぶことなく家まで辿り着けた。だけど、自分が月に照らされていたことに気づかないと、そのありがたさがわからん。宗教もそれと同じで、せっかくの素晴らしい教えでも、自分がそこに向き合わんと、宗教の意味がなくなる。」

  このようなお話しでした。お正信偈に「大悲無倦常照我」とありますように、普通当たり前のように思っているこの私の命は、実は、阿弥陀さまから常に照らされて生かされている命なのです。その私の命に私自身が向き合い、見つめ直すことが大切であります。総代さんはご自分のささやかな体験を通して私に教えて下さいました。

  総代さんは阿弥陀さまに救われて仏と成られ、今度は阿弥陀さまと共に私たちを照らして下さいます。これから、お葬式、七日勤め、四十九日、百か日、一周忌、三回忌・・・と、法事が続いていきますが、私たちはただただ阿弥陀さまと総代さんに感謝しつつ、今のこの私の命を見つめ直すために法事を営んでまいりましょう〜

  そのように法話をいたしました。そして、お通夜が終わった後、息子さんとお話しをしましたが、息子さんは、「こういう機会でもなければ、本当に命っていうのはわからんですねえ。時間が経てばそれも忘れていって、また楽な方へ楽な方へ考えてしまうんですね。」と言われました。私もその通りだと思いました。だからこそ、お葬式も法事も、亡くなった方のためにあるのではなく、自分のこととして、自分の命と向き合うためにお勤めすることが大事なのです。
合掌

   泥の中の連 2009/05/15

宇部北組 正善寺 山本 敬
 
 昨年の秋に、家族で境内の掃除をした時のことです。小さな堀があるのですが、そこの草が
生い茂っていたので、私が堀の中の草取りをしました。水は引いておりましたので、私は長靴を履いて堀の中に入り、余分な草を抜き取っていました。当然、草は広い範囲にわたって茂っていますので、移動しながらの作業なのですが、水は引いているとはいえ、ぬかるんだ地面を歩くには注意が必要です。自分の体重で足が沈んでいくので、一歩踏み出そうにも泥に足をとられて思うように歩けず、また、バランスを崩して転びそうになったりとなかなか難儀です。それに加えて、泥が臭いを放つのですが、これがまたドブのような臭いで、思わず嘔吐きそうになります。
ですが、目を移すと、たくさんの蓮の葉が静かなたたずまいを見せています。蓮はこのような泥の中で、夏には綺麗な花を咲かせるのかと思うと、不思議な感じがしました。

 仏教では、蓮の花は、阿弥陀さまのおはたらきとして喩えられています。阿弥陀さまが、煩悩の泥の中にいるこの私に、信心の花が生ずるようにはたらきかけて下さっています。

 金子みすゞさんが、ご自身の詩で「泥のなかから蓮が咲く。それをするのは蓮じゃない。」と
うたわれています。蓮は泥の中にありながら、まったく美しさを損なわずに綺麗に花を咲かせているけど、その花を咲かせるのにどれ程のおたらきがあるのだろうという見方が大切です。
この私自身の煩悩の泥、足が沈んで身動きが思うようにとれず、鼻をつく悪臭を漂わせている泥の中に、阿弥陀さまは自ら入ってこられ、私の中に綺麗な花を咲かせてやろうと、常に共にいて下さいます。

 私も蓮の花の喩えは知っていましたが、実際に泥の中に足を踏み入れてみて、その喩えの持つ意味、阿弥陀さまのお仕事の大変さに気づかされました。

   同じ「いのち」の中に 2009/04/27

本願寺派布教使 浅野勝則

 仏教で説く「悪」は、阿弥陀様の目から見た悪のことで、人間の世間道徳から見た悪のことではありません。阿弥陀様の目を通して人間を見ると、私どもが悪いことではないと思っていることでも、悪なのです。仏教に十悪が説かれていますが、その第一は生き物の命を取ることであります。私どもは、生き物を殺さなければ生きていけないのですが、そのこと自体は道徳的な悪ではありません。蚊や蛆虫は平気で殺し、蝮や百足は叩き殺します。牛や豚や魚を殺して食べます。そして野菜の命も食べております。あらゆる生き物もきっと私どもと同じく、言葉で言えないだけで、殺されたくは無いと思います。

 先日、捨て犬や野良猫の捕獲と処分に関するテレビ放送を見ました。殺されるのは可愛そうだから死ぬまで飼ってやるべきだ等と、出演者が涙を拭きながら話しておりました。話は納得でき道徳的にも大切なことだと思いましたが、しかし同時に、私どもは多くの生き物の命を無益にとってはいないか、
命の尊さをもう少し考えてみる必要はないのかとも思ったものです。
 
 私どもは食事をすることを、「飯をくう」とか「ご飯をいただく」等と申します。言葉としては両方とも正しい表現だと思います。私は、前者からは、自分の命を保つために食うと言う本能的な響きを感じます。後者からは、多くの命に支えられて自分が在るという深い感謝の思いを受けます。浄土真宗の食前の言葉に、「深く御恩を喜びありがたくいただきます」とあります。私どもは、数え切れないほどの命から、恩恵を受けていることを忘れてはならないのではないでしょうか。

  阿弥陀様は「あらゆる命あるもの」を救うと誓われました。救われるとは、南無阿弥陀仏とお念仏申すところに、あらゆるものは阿弥陀様と同じ「いのち」の中に生かされて在ったと、感得することでありましょう。それは自分の命は自分だけのものと言う思い固めの硬い殻が、打ち砕かれることであります。私どもは、生き物を殺さなければ生きてはいけません。それ自体は世間道徳的な悪ではありませんが、あらゆる生き物の尊い命に支えられた私の命・存在であることを聞き話し、特に家庭では子や孫に話したいものです。あらゆる生き物の命の尊さを感得することは、多くの世間道徳的な悪が行われる心の動きと、決して無関係ではないように思えるのです。
称名念佛

   お浄土から支えられて 2009/04/03

 「人身受け難し」と教えられています。人間に生れることは大変に稀なことで、お目出度いことであります。しかし生れた以上は老いることも死ぬことも避けて通ることはできません。楽しみは分かち合えば倍になり、苦しみは分かち合えば半分になると言われますが、それは世間の事柄についてであります。人間の持つ「生老病死」の根源的な苦しみは、総ての人が自分の身に引き受けて生きていかねばなりません。そして、代わる者が絶対に無いのが真相であります。

 代わってやりたくても代われない、それが親の思いでありましょう。私がガンの宣告を受けた後は、母は気を病みノイローゼ気味になりました。私は母のそんな姿に対して、気丈に対応して見せたものの、母を少しも安堵させることが出来なかったことを覚えています。幾つになっても親は子が病むときは、己の身に代えてでも助けたいと思うものであります。

 私どもは阿弥陀様を「親様」とも申します。阿弥陀様は私ども衆生の一人一人を、一人子の如く助けたいと願われ、助ける手立てを成就されました。それは、苦悩の真っ只中で生きていく私どもに、「まかせよ、必ず引き受け助ける」という南無阿弥陀仏のおいわれを聞かせて信じさせ称えさせて、苦悩多き心のままで必ず浄土に往生させ仏に成らせる、とのお誓いであります。私どもは、ご信心を賜ると、浄土に生れて仏に成る約束をこの世で戴きます。それは、私どもがお浄土から支えられて、この世を生き抜いていくことでもあります。
 
 代わって貰うことの出来ない私どもには、自分のいのちの問題解決は、自らが処して行くしかありません。正に厳しいいのちの現実でありますが、いのちの問題が解決したら、何が起こっても阿弥陀様の「いのち」の中のことと戴け、安心して生きていけるのです。楽しい時も苦しい時も、いつでも「なんまんだぶ、なんまんだぶ」とお念仏申す度に、阿弥陀様の「いのち」を戴いて生きているんだなと、有難く感じるのです。「大丈夫、弥陀がついているぞ」と、私の苦悩を引き受け安心に変えて、支えて下さるのは阿弥陀様だけであります。
称名念佛

   お救いの誓いを言葉を聞くこと 2009/02/20

本願寺布教使 浅野 勝則

 仏教は私どもが「仏に成る教え」ですが、原則として、欲やいかりや愚痴などの煩悩があっては、仏には成れません。私どもは、修行すれば煩悩を無くせる位に思いますが、よくよくお聞かせ頂くと、私の全てが煩悩でありましたと、気付かされるのであります。私どもは、煩悩によって様々な苦しみを生み出しています。中でも大きな苦しみは、生れること、老いること、病むこと、そして死ぬことです。生れたことは、どれだけ健康で長生きをしても、遂には老いて死んでいく身を受けたことなのです。

 死ぬ時は「老衰で静かに死ねたら」と思うことがあります。それは私が若くしてガンの宣告を受けて、身心ともに苦悩したからかも知れません。私の母は、老衰で九十六歳の生涯を終えました。全身の機能は勿論ですが、物を呑み込む機能が特に衰えて、食べたくても飲みたくても、それらの一切が医師から止められてしまい、老衰にも大きな苦しみを伴うことがあると知らされました。
 
 阿弥陀仏は、「あらゆる人々に南無阿弥陀仏のおいわれを聞かせて信じさせ念仏申させて、煩悩があるままで必ず浄土に生れさせ仏に成らせる」と、お救いを誓われています。そして親鸞聖人は、「この世が名残惜しくても、この世の縁が尽きて力なくして終わる時に、お浄土に参るのですよ」と、お示しです。
 
 私どもは、生れた以上は必ず死を迎えます。その時に、参るお浄土を頂いているのと無いのとでは、苦しみへの向かい方が全く違ってきます。平生から「いつどこで、どのように死んでもそこがお浄土」と言って、お念仏申していた病床の母には、苦しい中にも安らぎさえ感じることがありました。私どもは、平生に「生老病死」の苦しみを聞かされても、人ごとに感じております。煩悩まみれの私どもには、お救いの誓いをとことん聞かせて頂き、自分のこととして頷き目覚め、お念仏申すことの他には、お浄土に参る道はないのであります。母が私に、「元気な時にお聴聞しなさい」と、事ある毎に言っていたことが、今では有難く耳の底に残っています。
称名念佛

   生死を越えて 2009/02/09

 「いつのまにか、このような歳になってしまった」と聞くことがあります。
また、あの頃にもどりたいなあとかなわぬ事を考えたりします。最近は、世の中が忙しくなったのか、あっという間の10年だったということもよく耳にします。いのちは一秒、一秒、死に近づいています。ロウソクの蝋がすこしずつ溶けるように。私たちのいのちのともし火をロウソクの灯火に例えられることがありますが、無常の風が吹けば、消えるのであります。太かろうが、短かろうが、消えるのであります。

 私たちは、死を遠ざけているのであります。誰もが死ぬということはわかっているのですけど。死にたくないから遠ざけているのです。

 先日、床の中で意識が遠くなり、血の気がひき、「死ぬのかな。どうしよう・・・。」気が動転しました。死ぬのが怖いという率直な気持ちでした。

 しばらくして意識が戻り、健康のこと、死ぬという事を考えました。今まで自分に身にあてて考えることのなかった老病死。

 聞いた話ですが、老いていくなかで若かった時に見えなかったこと、病になって気づかされる世界がありましたと申されていました。

 仏法は生死を越えていくみ教えとお聞かせいただいています。生きることの意味、死ぬことの意味をお念仏のみ教えに聞いていくことが大切ではないでしょうか。
  
合掌

   選択本願 2009/02/05

豊浦組 蓮乗寺 金海明弘

 先日デパートのおもちゃ売り場でこのような光景を目にしました。
お母さんが男の子に「なんでも好きなおもちゃを一つだけ買ってあげる」と言い、男の子は一生懸命どのおもちゃにしようか迷っておりました。
最後に二つのおもちゃが残り、どちらにしようか迷った末に、その一つを手に取りレジにむかいました。しかし、お店の人がレジを打とうとした時に「やっぱり、あっちにする」といってもう一つのおもちゃを買って帰りました。

 法然上人は『選択集』の中で、「速やかに迷いの世界を離れようと思うなら、二種の法門のうち聖道門をさしおき浄土門に入れ。浄土門に入ろうと思うなら、正行と雑行の中で、雑行を捨てて正行に帰せ。正行を修めようと思うなら、正定業と助業の中で、助業を傍らにおいてもっぱら正定業を修めよ。正定業とは、南無阿弥陀仏の名号を称えることである。称名するものは必ず往生を得る。阿弥陀仏の本願によるからである」とお示しくださっております。

 物事を一つに決めることがなかなかできないのが私たち人間であります。
南無阿弥陀仏のお念仏をいただいておきながら、他になにかいい救いの道はないかとあれこれ探し回ってはいないでしょうか?
選択という言葉には、南無阿弥陀仏一つを選び取るということだけではなく、その他のすべてを選び捨てるという意味があります。

 「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」
私たちは今、そのまことをいただいているのであります。
 お念仏申させていただきましょう。
南無阿弥陀仏

   色紙の一言を味わう 2009/02/03

本願寺布教使 浅野 勝則

 昨年の12月中旬、ふと冬の北海道に行きたくなり出かけてきました。
 泊まったホテルの部屋に、「窮することなきこの喜び」と書かれた色紙が掛けられていました。
この「窮」の字は一般には、あまり良い意味では使われないと思いますが、聖典には、「自覚・覚他・覚行窮満」とあり、これは修行によって、智慧と慈悲の窮まり満ちた佛様のことであります。 「窮することなき この喜び」を、阿弥陀様に救われた者の喜びそのものである、と私は味わわせていただきました。
 
 親鸞聖人は、『歎異抄』に「念仏者は無碍の一道なり」とお示しです。まさに碍り多き身のままで往生成仏の一本道を堂々と歩ませていただくことであります。

 お念仏・南無阿弥陀佛の「ご信心」を頂き、阿弥陀様に抱き取られているという思いからは、何が起こっても当たり前と受け入れられ、様々な出来事によって自らの身や心を窮地に追い込むことはありません。どんなことでも自分のご縁と頂き、頂いたご縁が自分そのものであると頷けた時、生かされて在ることの喜びが湧き上がってきます。何が起こっても驚くこともなく慌てることもなく、自分の精一杯を尽くして前進するところに、不思議にも道が開けてきます。

 ここ最近の経済環境は、百年に一度という厳しいもので、身も心もともに大きなダメージを受けることが多くなりました。しかしながら、厳しい世渡りであっても心の中は、今生かされて在ることの喜びの窮みに満ちていたいものであります。

 思いつきで出た旅でしたが、阿弥陀様のお計らいでしょうか、良い一言を準備して私を待っていて下さったのが大変嬉しく、良い土産になりました。
合掌